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奈良地方裁判所 昭和58年(ワ)411号 判決

原告 小柴佳子 ほか七名

被告 奈良県

代理人 川口泰司 中島敏雄 廣瀬幸博 前川典和 西川裕 戸田敏久 ほか一〇名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一請求の趣旨

一  被告奈良県は、原告らに対し、各金三〇万円及びこれに対する昭和五八年一月二五日から右支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

本件は、被告の教育委員会が、被告の計画したと畜場及び食肉卸売市場の両者を併設した食肉流通センターの建設予定地(奈良県大和郡山市丹後庄四七五番一ほか、以下「本件建設予定地」という)の埋蔵文化財の試掘調査を行うため、奈良県大和郡山市丹後庄四五六番所在の県立ろう・盲学校の北側及び東方に存在する堤塘を通行して大型トラック、ユンボ等を右建設予定地に搬入しようとした際、右教育委員会から出動要請を受けた被告の警察本部所属の機動隊員らが、右食肉流通センターの建設に反対して本件堤塘に座り込んで右通行を阻止しようとした原告らに対し、違法に暴行を加えて傷害を負わせたとして、原告らが、被告に対し、国家賠償法(以下「国賠法」という)に基づき、慰謝料等の損害賠償として、各金三〇万円の支払を求めた事案である。

一  当事者間に争いのない事実

1  本件堤塘

別紙図面の青線(以下「本件東西堤塘」という)及び赤線(以下「本件南北堤塘」という)は、堤塘(以下、両者を「本件堤塘」という)となっている。昭和五一年、県道藺ノ町線(通称)のうち、筒井町・本庄町間約二三一一メートルが完成したことに伴い、本件東西堤塘上の道路部分が右県道との交差点から県立盲・ろう学校の校門まで舗装された。また、別紙図面の斜線部分が後記2の本件食肉センターの建設予定地であった(現在建築済み)。右学校の校舎は昭和四四年に建設されたものであり、本件堤塘、本件建設予定地、右学校の敷地等の位置関係は、おおむね別紙図面のとおりである。

2  本件食肉流通センター建設計画に対する反対運動

被告は、と畜場及び食肉卸売市場の両者を併設した食肉流通センター(以下「本件食肉センター」という)を本件建設予定地に建設することを計画し、昭和五七年一月ころまでにほぼ用地を買収した。ところが、地元では、本件建設予定地が県立盲・ろう学校に隣接していてその教育環境を破壊するなどとして、用地の選定等に反対し、本件食肉センターの建設の白紙撤回を求める反対運動が起こり、と畜場建設反対期成同盟が結成された。被告は、地元自治会やと畜場建設反対期成同盟と折衝したが、右建設についての両者からの合意は得られなかった。

3  被告所属の警察官による住民の排除

被告の教育委員会は、本件建設予定地につき埋蔵文化財の試掘調査を行うこととし、知事及び教育委員会教育長は、大和郡山署長に対し調査の警備を要請した。

教育委員会の埋蔵文化財調査団は、昭和五八年一月二五日午前九時一五分ころ、本件建設予定地の埋蔵文化財の試掘調査(以下「本件調査」という)のため、本件建設予定地に大型トラックによりユンボ等を搬入しようとしたが、地元住民約八〇〇名は本件建設予定地への進入路である本件堤塘に座り込んでピケッティングを張り(以下「本件座込み行為」という)、教育委員会の調査団が建設予定地へ進入することを阻んだ。そこで、教育委員会(教育長)は、大和郡山署長に対し出動の要請をし、県警察本部所属の機動隊員らが原告らを含む地元住民らを実力で排除(以下「本件排除行為」という)し、右調査団は、本件建設予定地にユンボ等を搬入した(以下「本件搬入行為」という)。

4  本件堤塘の管理

また、本件堤塘は、国有財産法三条二項二号にいう「行政財産」であり、河川法等の管理機能に関する特別法の適用がない、いわゆる「法定外公共物」に該当する。

二  争点

原告らは、次のとおり、原告らに対する被告の警察本部所属の警察官らによる本件排除行為は、国賠法一条一項の違法な行為に該当し、その違法行為により、原告らは打撲、捻挫等の傷害を受け、損害を被ったと主張している。これに対し、被告は、教育委員会の本件調査を妨害する原告らの本件座込み行為は、道路交通法違反及び威力業務妨害に該当するものであるから、それを排除することは当然許され、本件排除行為は、相当性の範囲内のものであるから適法であると主張している。

したがって、本件の主たる争点は、被告の警察本部所属の警察官らによる本件排除行為が国賠法一条一項にいう違法な行為に該当するか否かの点である。

1  被告の主張

(一) 現行犯の場合の排除行為の根拠

警察官職務執行法(以下「警職法」という)五条は、「犯罪がまさにおこなわれようとするのを認めたとき」は警察官に対し、犯罪行為を制止できると規定しており、いまだ犯罪が行われる前の段階を対象としたものであるから、進んで犯罪が行われている場合にも右規定がそのまま適用されると解するのは相当でない。同条が警察官の介入につき厳格にその要件と限度を規定しているのは、まさにそれが行われようとしているにせよ、いまだ犯罪が現に実行されていない段階のことであるから、これを明確に定める必要があるからである。これに反し、現に犯罪が行われている段階に至れば、これを阻止するのは公共の秩序の維持に当たる警察の当然の責務であり、また、この場合には行為者を現行犯人として令状なしに逮捕することすら認められているところからみても、警察官の介入につきあえてその要件ないし阻止の態様を限定するまでのこともないため、別段の規定を設けなかったものと解される。それゆえ、現に犯罪が行われている段階においては、警察官としては、当該犯罪を鎮圧する目的のため必要な限度において、しかも個人の権利や自由を不当に侵害してその濫用にわたらない限り、犯人に対し、犯罪行為を止めさせるため強制力を行使することが許され、この場合には、特に警職法五条後段の要件を必要としないと解すべきである。

(二) 現行犯

(1) 道路交通法違反

ア 本件堤塘の道路交通法上の道路(同法二条一項一号)該当性

原告らが座り込んだ場所は、県道藺ノ町線に接続する幅員約四メートルないし八・五メートルの舗装された本件東西堤塘と南北堤塘の上である。

本件堤塘には、奈良県立盲・ろう学校、同校筒井寮、大忠建設株式会社及び民家三軒が面しており、そこに出入りするものの用に供されているから、本件堤塘は、同法二条一項一号にいう「一般交通の用に供するその他の場所」に該当する。

イ 道路交通法一一八条、七六条四項二号違反

a 道路交通法(以下「道交法」という)は、「交通の妨害となるような方法で寝そべり、すわり、しやがみ、又は立ちどまつていること」を禁止し、処罰規定を設けている(一一八条、七六条四項二号)。

b 原告らが、本件堤塘に座り込みをした行為は右規定に違反するものである。

ウ 原告らは、後記2(一)(1)のとおり、本件堤塘は丹後庄土地改良区(以下「土地改良区」という)が機能管理権を有し、同改良区と個別契約を結んだ者のみが通行を許可されてきたのであるから、「公開性」の原則を満たさず、道交法上の「道路」ではないと主張している。しかし、本件堤塘の管理主体及び管理権限は法令に定められているものであり、改良区にはいかなる権限も認められない。たとえ、土地改良区が本件堤塘の修繕、補修を行ってきたとしても、それは本件堤塘の本来の用途、目的を害するものではなく、公共用財産の利便を受ける者が、一層有益な利便に供しようとするため、事実上容認されていたものにすぎない。

(2) 威力業務妨害(刑法二三四条)

ア 業務

被告の教育委員会の本件調査は、橿原考古学研究所が主体となって、「開発事業に伴う埋蔵文化財の取扱いについて」と題する県教育委員会教育長通知(〈証拠略〉)に基づいて行われた正当な業務である。

イ 威力妨害

原告らの本件座込み行為は、威力により本件調査の為の被告の職員の通行を妨害するものであるから、刑法二三四条の規定する威力業務妨害罪に該当する。

(三) 排除行為の相当性

被告の県警察本部は、原告らに対し、通行妨害になるので座込みを中止するようにとの警告を再三にわたって行った上、長時間かけて三人一組により最も安全な方法で原告らを本件堤塘から排除したものであるから、排除行為の手続及びその方法とも相当な範囲のものである。

(四) したがって、被告所属の警察官による本件排除行為は適法である。

2  原告らの主張

(一) 本件排除行為の違法性

(1) 本件堤塘の道路交通法上の「道路」非該当性

法定外公共物たる堤塘を管理する国の機関は建設省であるが(建設省設置法三条三号)、都道府県所属の国有財産(本件堤塘はこれに該当する)の管理及び処分に関する事務は都道府県知事(実務上は都道府県土木事務所)に機関委任されている(国有財産法九条三項、同法施行令六条二項、建設省所管国有財産取扱規則(昭和二四年四月三〇日付け建設省訓令第三号、昭和三〇年四月三〇日付け訓令第一号により全面改正))。この場合の管理権限の範囲は、国有の土地についての国有財産法に規定する事務の範囲、すなわち、財産管理にとどまり、堤塘の機能管理については、それが一般公共の用に供されているものであるときは、地方公共団体の固有事務として原則として市町村がその行政区域内のものを管理する(国有財産法一条、地方自治法二条二項、三項二号、四項)。

本件の場合、大和郡山市が、その機能管理権を有していた。そして、同市は、土地改良区にその慣行的な管理を認めており、本件堤塘は長年にわたり土地改良区が管理してきた。したがって、本件堤塘の管理権は、土地改良区に帰属する。そして、同改良区と個別契約を結んだ者のみがその通行を許可されてきたのであるから、本件堤塘は、不特定多数の者の通行が許されている場所であるという「公開性」の原則を満たさず、道交法上の「道路」ではない。

(2) 被告の本件搬入行為の違法性

右のとおり本件堤塘を通行する場合には、土地改良区の承諾が必要であるところ、被告の教育委員会はその承諾をとっておらず、本件搬入行為は違法というべきである。

したがって、本件搬入行為は正当な業務とはいえず、また、それを阻止する行為は違法性が阻却されるから、本件座込み行為は、犯罪行為ではない。

(3) 本件調査の延期の合意

被告の教育委員会とと畜場反対期成同盟との間では、昭和五八年一月二一日、本件調査を同年二月一一日まで延期する旨の合意ができていた。しかるに、被告の教育委員会は、右合意を破り、本件調査のために本件搬入行為に及んだものであるから、その業務は正当なものでなく、原告らの座込み行為は適法である。

(4) 本件調査の違法性

本件調査は、その緊急性もないのに行われたものであり、かつ、原告ら住民の本件食肉センター建設反対運動を弾圧するために行われたものであるから、違法である。

(5) 本件排除行為の法的根拠の不存在

現行法上、本件堤塘から原告らを実力で排除する行為の根拠規定は、警職法五条以外には考えられず、原告らの本件座込みは、同条後段の規定する「その行為により人の生命若しくは身体に危険が及び、又は財産に重大な損害を受ける虞があって、急を要する場合」に該当しない。

(6) 警察公共の原則違反(民事不介入の原則違反)及び警察権濫用

仮に土地改良区に本件堤塘の機能管理権限がないとしても、その権限につき被告との間に民事上の争いが生じていたのであるから、その紛争は民事訴訟等によって解決すべきであり、警察はこれに介入すべきではない(警察公共の原則、民事不介入の原則)。ところが、本件においては、被告の県警察本部は、右原則を破り、原告らを本件堤塘から排除したものであるから、その行為は違法なものというべきである。

そもそも、本件試掘調査に被告の県警察本部機動隊を介入させたのは、原告らを含む付近住民の本件食肉センター反対運動を弾圧するためである。本件では、右反対運動の中心的存在であった堀内金義だけが逮捕されていることからしてもそのことは明らかであり、本件排除行為は、警察権の濫用である。

(7) 本件排除行為の不相当性(警察比例の原則違反)

被告の警察官らは、「抵抗するやつはかまわんから逮捕しろ」との藤森機動隊長からの指令を受け、何らの抵抗もせずに座り込んでいた原告ら住民に対し、その手足や胴体を引きずり回したり、ひざを使って背中を押したりするなどの暴行を加え、負傷してうずくまる主婦にも容赦なく実力行使をした。

このような方法で警察官らが原告ら住民を排除する行為は、その相当性を欠き違法というべきである。

(二) 原告らの受傷と損害

本件排除行為のために原告らは次のとおりの傷害を負い、治療費を支出し、休業損害及び精神的苦痛を被った。右精神的苦痛の慰謝料は、各原告ともそれぞれ金三〇万円を下らない。

〈1〉 原告小柴佳子(以下「原告小柴」という)

警察官らが、両脇の住民と組んでいた同原告の手を、強引に引き離そうとしたため、一五日間の加療を要する「左手第三指部捻挫」の傷害を負った。(休業損害九万六九四九円)

〈2〉 原告堀口茂(以下「原告堀口」という)

警察官らは、原告堀口の背後から両脇腹に手を入れて膝で背中を蹴り、顔面を殴打した。そのため、原告堀口は、「頚椎過伸展障害」及び「歯芽損傷」の傷害を負った。

(同六万六二六六円)

〈3〉 原告白澤修一(以下「原告白澤」という)

警察官らは、堀内金義(以下「堀内」という)を逮捕しようとした際、原告白澤の左側頭部を膝で蹴り、また、その後スクラムを組んでいた原告白澤をゴボウ抜きにしたため、原告白澤は五日間の経過観察を要する「頭部打撲傷、腰部捻挫」の傷害を負った。(同六万三五五〇円)

〈4〉 原告中村鶴恵(以下「原告中村」という)

原告中村は、警察官に腕を強く引っ張られたため、五日間の加療を要する「右肩捻挫」の傷害を負った。(同三万〇八五〇円)

〈5〉 原告藤本弘子(以下「原告藤本」という)及び原告吉本照子(以下「原告吉本」という)

原告藤本及び原告吉本は、警察官らに担がれて放り出された際に、五日間の経過観察を要する「頭部打撲傷」を負った。(原告藤本につき休業損害三万二五六六円、原告吉本につき同六万三五五〇円)

〈6〉 原告龍田歌子(以下「原告龍田」という)及び原告田中恵子(以下「原告田中」という)

原告龍田及び原告田中は、警察官らに排除された際、気を失い、三日間の経過観察を要する「脳貧血症」の傷害を負った。(原告龍田につき休業損害一万九三二〇円、原告田中につき同六二五〇円)

第三争点に対する判断

一  本件排除の法的根拠について

現行犯罪を鎮圧・制止しようとする場合において、警職法五条後段の要件が満たされない限りその制止行為ができないとすると、警察官は現に犯罪が行われるのを認めながらこれを阻止し得ない結果を生じることとなり、不合理であるし、現行犯罪を鎮圧・制止するのは、警察官として当然の責務でもある。もともと「犯罪の鎮圧」(警察法二条一項)とはある程度の強制的措置を予定しているものと解され、犯罪発生前でも警職法五条により「制止」という強制手段が認められる以上、犯罪発生後は、右の程度の強制力が用いられるのは当然のことと考えられる。また、現行犯においては、その逮捕行為に付随する結果として犯罪の鎮圧・制止が行われるものであるから、その制止行為は、現行犯逮捕(刑訴法二一四条)にまでは至らない段階で逮捕行為を中止した行為ということができ、当該行為を違法とするのは相当でない。

したがって、刑訴法二一三条、警職法五条、警察法二条一項等の法の趣旨からして、現に犯罪が行われている段階においては、警察官としては、逮捕することなしに、当該犯罪を鎮圧する目的のため必要な最小限度において、しかも個人の権利や自由を不当に侵害する等その濫用にわたらない(警察比例の原則、警職法一条二項、警察法二条二項参照)と認められる限度において、現行犯人に対し、犯罪行為を止めさせるため強制力を行使することが許され、この場合には、警職法五条後段の要件を特に必要としないものと解すべきである。

二  本件堤塘の管理権について

1  本件堤塘が法定外公共物であることについては当事者間に争いがない。

2  原告らは、本件堤塘の管理権をその機能管理の権限者たる大和郡山市から慣行的に委ねられている旨の主張をしている。しかし、本件堤塘のような国有財産であるいわゆる法定外公共物の管理権は、制定法(国有財産法、地方自治法等)により、その財産管理権は都道府県知事に、その機能管理権は右知事ないし地方公共団体である市町村に各属するものであり、これに反する管理権は成立する余地がない。そして、本件堤塘の機能管理権が大和郡山市に属するとした場合でも、法定外公共物の利用・通行の制限や立ち入り禁止などの権力的な機能管理権を委託するには条例によらなければならないことは明らかであるが(地方自治法一四条一項、二条二項、二四四条の二第三項)、本件で原告らはその旨の主張、立証を何らしていない。結局、土地改良区が本件堤塘の修繕、補修を長年にわたり行ってきたとしても、それは本件堤塘の本来の用途、目的を害するものではなく、公共用財産の利便を受ける者が、一層有益な利便に供しようとするため、事実上容認されていたものにすぎないというほかはない。

3  したがって、本件堤塘の管理権が土地改良区に帰属するとの主張は、失当である。

三  本件堤塘の道交法上の「道路」(二条一項一号)該当性について

1  道交法二条一項一号にいう「一般交通の用に供するその他の場所」とは、現に不特定多数の人ないし車両等の交通の用に供されている場所をいい、〈1〉道路としての形態を備えていること(形態性)、〈2〉一般交通に利用されている状態が客観的に認められること(客観性)、〈3〉不特定多数の者の通行が許されている場所であること(公開性)の三つの要件が、原則として必要と解される。

2  検証の結果によれば、本件東西堤塘の上は、県立盲学校筒井寮までアスファルト舗装がされており、本件南北堤塘の上は、舗装はされていないが民家、建設会社の資材置き場があって、車両が通れるように整地されており、実際に車両が通行していること(〈証拠略〉)が認められるから、右形態性及び客観性の要件を満たしている。また、前記二のとおり本件堤塘は国有財産であり、その通行は不特定多数の者に許されているから、公開性の要件も満たしている。

3  したがって、本件堤塘は道交法上の道路(同法二条一項一号)であると認められる。

四  本件調査について

1  原告らは、本件調査は、緊急性もなく、原告らの住民の本件食肉センター建設反対運動の弾圧のために行われたものであるから、違法であると主張している。

〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

被告の教育委員会は、遅くとも昭和五七年一月には被告の農林部から本件建設予定地での文化財の埋蔵調査を依頼されていた(〈証拠略〉)。同年一二月ころ、教育委員会により右調査が行われることを知ったと畜場建設反対期成同盟は、同月、橿原考古学研究所に調査の延期を申し入れたりしたが、右調査は結局と畜場建設のためであるとし、本件堤塘の管理権が土地改良区にあることを前提に、ピケッティングをすることにした(〈証拠略〉)。被告の教育委員会の職員らは、昭和五八年一月二一日、二二日(二回)に右調査のため、県道藺ノ町線から本件東西堤塘に進入しようとしたが、と畜場建設に反対する住民らのピケッティングによりこれを阻止され、同月二四日にも右調査をしようとその付近で待機したが、同様にピケッティングが張られていたため、いずれも本件建設予定地に立ち入ることができなかった(〈証拠略〉)。同月二五日午前九時すぎころ、被告の教育委員会の職員らは、ユンボを積載した車両等とともに前と同様、県道藺ノ町線から本件東西堤塘に進入しようとしたが、本件東西堤塘の西端にはと畜場建設に反対する住民ら三〇〇名ないし四〇〇名がピケッティングを張り、現場にいた警察官らの退去して道を開けるようにとの説得に従わなかったため、同日午前一〇時三七分ころ、被告の警察本部に出動を要請した(〈証拠略〉)。

そこで検討するに、本件調査は、被告と原告らを含む地元住民の間で、本件食肉センター建設をめぐってかなりの対立的状況が生じていた中で決行されたものであり、教育委員会(教育長)としては、再度、本件調査を延期し地元住民との話し合いをする配慮があってもしかるべきではなかったかとの疑問がないではない。しかし、〈証拠略〉によれば、本件試掘調査は、「開発事業に伴う埋蔵文化財の取扱いについて」と題する県教育委員会教育長通知(〈証拠略〉)に基づいて、一万平方メートルを超える大規模開発事業である本件食肉流通センター建設に伴い、必要とされるものであったことが認められ、本件食肉センターが建設されれば埋蔵文化財は破壊されることとなるから、県農林部が食肉センターの建設に着手しようとする以上、県教育委員会としては、その建設予定地の埋蔵文化財の調査を放置することはできなかったものである。そして、いつその調査を行うかは、文化財保護の所管庁である県教育委員会(教育長)により、埋蔵文化財保護の観点から判断されるもので、その裁量に委ねられているところ、埋蔵調査の依頼から一年を経たこの時期に教育委員会が本件調査をしようとしたことが違法であるとは考え難い。また、既に認定したとおり、原告らの主張する本件堤塘の管理権が土地改良区にあるとはいえないところ、教育委員会が、本件調査の前、何回かにわたり本件建設予定地への進入を阻止されていたことからすると、本件調査がその緊急性を欠いて違法であるとすることはできない。さらに、原告らの本件食肉センター建設反対運動を弾圧するために本件調査が行われたことを認めるに足りる証拠もない。結局、右教育委員会(教育長)の裁量に濫用ないし逸脱があったとは認められない。

五  本件調査の延期の合意

原告らは、被告の教育委員会と本件食肉センター建設反対住民との間で本件調査を昭和五八年二月一一日まで延期する旨の合意ができていたと主張している。しかし、同年一月二一日に原告ら主張の合意が成立したとすれば、同月二二日から二五日までの間に原告ら代理人弁護士らが大和郡山警察署長や県知事ら宛に出した各申入書(〈証拠略〉)やと畜場建設反対期成同盟の中川義隆作成の顛末書(〈証拠略〉)に当然その旨の言及がされていると思われるのに、右各書面にはその旨の記載はない。そして〈証拠略〉によれば、同年一月二一日における原告ら住民と教育長との話合いにおいて、右延期の提案がされたことは認められるものの、右話合いは、最終的には決裂し、本件調査を延期するとの合意には至らなかったことが認められる。原告らのこの点の主張は採用できない。

六  原告らの本件座込み行為の現行犯性について

1  〈証拠略〉によれば、原告らの本件座込み行為が、「道路において交通の妨害となるような方法で、寝そべり、すわり、しやがみ又は立ちどまつていること」(道交法一一八条、七六条四項二号)に該当することは明らかである。

2  また、〈証拠略〉によれば、本件座込み行為によって、橿原考古学研究所の埋蔵文化財調査団が本件食肉センター用地にユンボ等を搬入することを阻止され、その業務が妨害されたことも明らかであるから、原告らの本件座込み行為は、威力業務妨害(刑法二三四条)に該当するものと認められる。

七  警察公共の原則(民事不介入の原則)について

原告らは、本件堤塘についての管理権限について、被告と土地改良区との間に争いがあり、本件排除行為は、警察公共の原則(民事不介入の原則)違反である旨を主張している。しかし、前記のとおり、土地改良区は本件堤塘の管理権限を有するものではなく、また、本件堤塘は、道交法上の「道路」(同法二条一項一号)に該当するから、道路交通行政等の公共の安全と秩序の維持(警察法二条一項)に係わる問題であり、警察公共の原則(民事不介入の原則)に反するとは認められない。

八  本件排除行為の相当性(警察比例の原則)について

1  以上のとおり、原告らには、威力業務妨害及び道交法違反の現行犯が成立する。したがって、警察官らの本件排除行為の手続き及びその方法が相当であり、その有形力の行使が右犯罪を鎮圧する目的のため必要な最小限度において、しかも個人の権利や自由を不当に侵害してその濫用にわたらない相当な範囲のもの(警察比例の原則)であれば、本件排除行為は適法なものと認められるから、その点について検討する。

2  本件排除行為の目的逸脱について

原告らは、被告の警察本部が、原告らを含む付近住民の本件食肉センター建設反対運動の中心的存在であった堀内を逮捕し、その後に原告らを含む反対住民を排除しているが、右逮捕及び本件排除行為は右反対運動の弾圧を目的とするもので違法であると主張している。しかしながら、現行犯逮捕ができる条件が備わっている場合に、現行犯と認められる者を全員逮捕せず、その指導者のみを現行犯として逮捕しその他の者は排除するのみに止めるということも、それが現場の状況等からみて事態を鎮圧させるために必要かつ相当な措置であると認められる場合には、許されるものと考えるべきである。

そして、本件では、堀内、原告らを含む約八〇〇名の付近住民に現行犯逮捕の要件が備わっていたと認められる状況にあったのであるから、指導者である堀内のみを逮捕し、その余の者に対しては逮捕せずに排除するに止めた警察の判断に裁量の逸脱があったとはいえない。

確かに、原告らを含む多数の住民が教育環境を破壊するなどとして、用地の選定等に対する不満を持ち、本件食肉センターの建設の白紙撤回を求めて右センター建設を予定した本件調査を阻止すべく約八〇〇名の者(しかも、そのほとんどが婦人である(〈証拠略〉)が座り込み等の妨害行為をしている場合、その心情は必ずしも理解できないものではないから、県政の責任者である知事あるいは教育委員会(教育長)としては、さらに、住民に対して本件食肉センター建設及び本件調査について十分な説明を行う配慮があってしかるべきではなかったかと考えられる。しかし、本訴において、本件調査が付近住民の本件食肉センター建設反対運動を弾圧するためであると認めるに足りる証拠は見当たらず、警察本部機動隊が被告の教育委員会からの出動要請を受け、本件座込み行為をしている反対住民を排除したことも、同様に右反対運動を弾圧する目的であったと認めることはできないから、これが警察権の目的を逸脱し、その権限を濫用するものであったとすることはできない。

3  本件排除行為の相当性について

(一) 手続及び方法について

〈証拠略〉によれば、次の事実が認められる。

(1) 前記四1で認定したとおり、当日の午前一〇時三七分ころ、教育委員会からの出動の要請を受けた警察官ら(機動隊員の数は約二六〇名)は、原告ら反対住民に対し、繰り返しハンドマイク等で威力業務妨害及び道路交通法違反となるから直ちに通行の妨害を止めるよう、止めない場合は排除行為に及ぶ旨を警告した。

(2) このころ、被告の教育委員会の通行を阻止しようと現場に集まっていた反対住民の数は約八〇〇名ほどになっていたが、右警察官らの警告に対して、反対住民らはピケッティングを解くことなく、かえって腕を組んでその場に座り込んだ。

(3) そこで、午前一一時過ぎころ、警察官らを指揮していた藤森友和の合図で被告の警察官らは排除行為に着手した。その態様は、まず、警察官四名が前から二列目にいた堀内金義を逮捕した後、機動隊員らが三ないし四名で一組みとなり、二名が左右から座込み者を抱き抱え、一名又は二名が同人の両足を抱き抱えてこれを搬送する方法により、車両の通行可能になるように座込み者らを排除するというものである。

右の搬送は、座込み者の後方から開始し、順次前方の者に対して行い、数が減った段階で座込み者を前後から包むようにして行われた。

(4) 搬送された座込み者は、さらに本件南北堤塘に集合して座り込んだりし、警察官らは、同様にしてこれを排除した。

(5) 被告の教育委員会の埋蔵文化財調査団は、右排除行為の進行に伴い、順次、本件食肉流通センター建設予定地に向かって進み、建設予定地にユンボ等を積載したトラックを搬入した。

(二) 原告らの受けた傷害について

(1) 原告小柴について

〈証拠略〉によれば、同原告は隣の者と両手の指を一本ずつ交互に合わせて組んでいたが、警察官によって、両隣の者と組んだ手をはずされた際に左手第三指部を捻挫し、軽度の腫脹があってその屈曲及び伸展時に疼痛があったため、昭和五八年一月二六日から二月三日までに六回柔道整復師に通院したこと、同年一月二五日付けの右柔道整復師の診断によれば、右傷害は一五日間の安静加療を要するとされていることが認められる。

(2) 原告堀口について

原告堀口は、背後から警察官に両脇腹に手を入れられ膝蹴りされ、正面から三、四回ほど殴られて四人にぶら下げられて運ばれているときに気絶して救急車で運ばれ、医師に頚椎過伸展傷害、歯牙損傷と診断され、現在でも歯がぐらついている旨を供述し(〈証拠略〉)、頚椎過伸展障害、歯牙損傷により約五日間の安静加療を要する旨の田北武彦医師作成の診断書(〈証拠略〉)を証拠として提出する。しかし、右供述における顔面殴打の状況からすれば、同原告には相当程度の外傷が認められるべきところ、同医師の照会回答書(〈証拠略〉)には、頚部過伸展による頚項部痛約五日間の加療の見込みとの記載があるのみで歯牙損傷についての記載はなく、また、実治療日数は二日で傷害につき他覚的所見は特にないと記載されており、原告堀口も医師には殴られたということを言っていない旨を供述している(〈証拠略〉)上、原告堀口が歯科医師等の治療を受けていないことからすると、原告堀口が本件排除行為により頚部過伸展の傷害を受けたとする点はともかく、警察官に三、四回殴られた旨の原告堀口の供述は不自然であって、採用できない。

(3) 原告白澤について

原告白澤は、堀内が逮捕される際に、堀内の右横で同人と腕を組んでいたところ、堀内を逮捕しようとした警察官に左膝で蹴られ、眼鏡が破損し、その後警察官に放り投げられた(〈証拠略〉)旨を供述し、頭部打撲傷、腰部捻挫により約五日間の経過観察を要するとの記載のある診断書(〈証拠略〉)を証拠として提出する。

しかし、〈証拠略〉によれば、警察官が左膝で原告白澤の頭部目掛けてこれを蹴ったとは認め難く、堀内と原告白澤の間に割り込むようにして堀内を逮捕するに当たり、警察官の左脚が原告白澤の頭部に当たったことが認められるに過ぎない。そして、同原告が、堀内の逮捕後も眼鏡をかけたまま座り込んだり、テイラーの上に乗ったりして排除の妨害をしていること(〈証拠略〉)、医師からの照会回答書によれば、原告白澤は一日しか通院していないこと(医師の照会回答書(〈証拠略〉)が認められることからすれば、眼鏡に関する原告白澤の前記供述は採用することができず、その傷害も比較的軽度のものとみるべきである。

(4) 原告藤本について

原告藤本は、警察官に搬送される際に、マフラーが首に巻きついて気を失い、放り投げられたときに路面で頭を打って気がついた旨の陳述書を提出したり、供述したり(〈証拠略〉)している。診断書(〈証拠略〉)、医師からの照会回答書(〈証拠略〉)によれば、原告藤本は頭部打撲傷により約五日間の経過観察を要するとの診断を受け、三回通院したことが認められる。しかし、マフラーで首が閉まったか否かの供述は不確かであり(〈証拠略〉)、結局、同原告が気絶した原因は不明というほかはなく、同原告が警察官に放り投げられたということも、前記陳述書や供述から認定することはできず、他にこれを認めるべき証拠もない。

(5) 原告中村について

診断書(〈証拠略〉)、医師からの回答書(〈証拠略〉)によれば、原告中村は右手を引っ張られ右肩捻挫により約五日間の加療を要するとの診断を受け、昭和五八年一月二五日、二六日の両日通院したことが認められる。

(6) 原告吉本照子について

診断書(〈証拠略〉)、医師からの診断回答書(〈証拠略〉)によれば、原告吉本は後頭部打撲傷で、同月二五日通院し、五日間の経過観察を要すると診断されていたことが認められる。

(7) 原告龍田及び同田中について

〈証拠略〉によれば、原告龍田及び同田中は、昭和五八年一月二五日に脳貧血を起こしたことが認められる。しかし、その病名を考慮すると、右脳貧血と本件排除行為との因果関係を認めるのは困難である。

(三) 以上の事実を前提に本件排除行為の相当性について判断する。

(1) 右(二)(1)によれば、原告小柴の左手第三指部捻挫は、柔道整復師に六回の通院を要したものであるが、同原告は、機動隊員らに排除される際、隣の者と両手の指を一本ずつ交互に組み合わせて抵抗していたため、右のような傷害を負ったものであり、警察が繰り返し本件調査の妨害を中止するように警告した後に本件排除行為に及んだことからすると、警察官の実力行使は必要最小限の範囲内にあるというべきである。

(2) 右(二)(2)ないし(4)によれば、原告堀口、同白澤及び同藤本については、同人らの供述するような態様で受傷したとは認定できないが、〈証拠略〉によって認められる本件排除行為の状況に照らすと、右原告らは、機動隊員らに排除される際に、原告堀口においては頚部過伸展の、同白澤においては頭部打撲傷及び腰部捻挫の、原告藤本においては頭部打撲傷の各傷害を負ったものと推認される。しかし、右原告らの傷害は、いずれも加療見込み五日程度で通院回数も三回以下であるから、右原告らの負った傷害は軽微であり、また、前記のとおり右の程度の傷害が生じたとしても、本件排除行為は警察が繰り返し警告を発した後に行われたものであり、二名が左右から原告らを抱き抱え、一名又は二名の者が原告らの両足を抱き抱えて搬送するという安全な方法がとられているから、本件排除行為の手続及び方法は相当であり、実力行使としては必要最小限の範囲内にあるというべきである。なお、原告白澤については、前記(二)(3)のとおり、堀内が逮捕される際に頭部に警察官の左脚が当たったことが認められるが、前記2のとおり堀内を逮捕したことが適法である以上、それに伴ってある程度の有形力の行使が周辺の者にされたとしても、それが違法であるとまではいえない。

(3) 原告吉本及び同中村については、前記(二)(5)、(6)の各傷害と本件排除行為との因果関係が明確ではないが、仮に本件排除行為の際に受傷したとしても、右同様の理由により、本件排除行為が相当性を欠いたものということはできない。

(4) 原告龍田及び同田中については、前記(二)(7)のとおり、脳貧血と本件排除行為との因果関係を認めることはできない。

第四結論

以上のとおり、警察官による本件排除行為は適法であるから、原告らの請求はいずれも理由がないものとして、これを棄却することとする。

(裁判官 前川鉄郎 井上哲男 近田正晴)

当事者目録及び別紙図面〈略〉

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